早期退職さてどう生きてくかな?

もうすぐ60歳、会社辞めました。 さてどう生きてくかな? おひとり様老女のシニアブロガーです。社会との接点を繋ぎ続けたいので、ウンチクを(そっと)傾けたり、ボヤいたり戯言たりします。夢は元気なうちに世界一周。

私には新聞が必要だろうか?新聞不要論について考える。

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小学生新聞から60歳近くになるまで、海外在住中を除いてずっと新聞を読んでいました。2月末でその購読を止めました。あなたは購読していますか?

 目次

 なぜ新聞購読を辞めるのか?

周りの友人たちに聞くと、もう随分前に新聞購読は止めたと言う声も多かったです。

その理由は、以下のようなものでした。

  1. 住まいがオートロックになって、玄関まで配達されず下まで新聞を取りに行くのが面倒になった
  2. 資源ごみとして捨てるのが面倒
  3. ネットニュースで充分(もしくは電子版へ切り替え)

 おおよそこんな理由です。

逆にどうして新聞を撮り続けるのか?と聞くと

  • 地域のチラシ

この声のみでした。

では私の場合ですが、2と3が理由です。

元来活字中毒で、朝一番で新聞を読まないと一日が始まらないと言うタイプでしたが、本当にここのところは新聞を開かずにそのまま資源ごみ、と言う日も多くなっていました。

ネットニュース vs 新聞

言うまでも無く、ですがスピード感についてはネットニュースは瞬時です。

それがこれまた瞬時に拡散されます。

これに比較して新聞はその特性が異なります。

実際手に取り、紙面をめくり、ニュース以外の情報が詰め込まれています。

多くの人が同じように感じていることと思います。

先日、テレビを見ていたら有名なジャーナリストの方が子供の頃から現在に至るまで新聞記事のスクラップをしている、と話をされていました。

私も気になる記事は切り抜きスクラップをするタイプで下が新聞も電子データーベースがあり、いつでも検索して過去の記事を入手することができると気がついた時、スクラップは止めてしまいました。

私は一ヶ月後に引っ越しをするので不要物の整理をしていますが、いくつか新聞の切り抜きが出てきました。

その記事を読むと「どうしてこの記事を切り抜いた??」と思うばかりです。

これは資源ごみと化してしまいました。

凡人はこんなもんです。

費用対効果を考える

25年ほど日経新聞を購読し続け、比較的長い読者だったと思いますが、2月の末で解約しました。

なぜ日経新聞か?と言いますと、別にインテリぶっているわけでもなんでも無く、まだ30歳そこそこの時、飲み会か何かで周りが新聞連載小説の話で盛り上がっており、それは当時日経新聞に連載されていた「失楽園」についてでした。私だけがその輪に入れず....

当時、洗剤か何かにつられて某新聞を購読していたので「えー日経読んでないの?」と驚かれたことを記憶しています。

そう言われてみると「仕事バリバリやってます」的な女性が高そうな外国製のブランドバックに日経新聞を差し込んで、ハイヒールで颯爽と闊歩している姿を街中で見かけたことがありました。

感化されやすい私は、食い下がる某新聞社と言い争いの結果、日経新聞の購読者となったのです。現在月額4750円(夕刊無し)です。

スマホの購入以来(8年ほどです)本当に新聞を読む時間が減りました。

追い討ちをかけたのが、自宅のwifi導入とノートパソコンです。

自宅に戻るとスマホをwifiに繋ぎ、ほぼ情報入手はスマホ、通勤中も同様です。

スマホで物足りなければ自宅のノートパソコン+wifiで手軽に、深掘りした情報を探せます。

この日経新聞月額4750円の価値って?

しかも私は現役中、出張が多く、通算すると年間で1ヶ月は不在であり、その都度新聞配達を止めてもらってました。割引してくれるかどうかは規定があるようで、日数が足りないと配達不要と言っても割引さず月額をそのまま支払います。

私に取って、4750円の価値をもたらしてるとは言い難いのです。

ネット有料ニュースが100円から200円の世界です。

 投資対効果が残念ながらありません。

新聞無しの生活の開始

そうは言っても海外在中を除いて、新聞のある生活をしていました。

若い時は貪欲に業界新聞を数紙購読していた時期もありました。

これからは近所の図書館で読んだり、必要であればコンビニで購入したりするでしょうが、新聞のない生活を送ることになります。

寂しいと感じるのか、以前と変わらずに生活するのか、さてどうでしょう。

私にはテレビが無くなる生活の方が辛いと思います、きっと。

ちなみに今日はサービスで朝刊配達をしてくれていました。ご購読ありがとうございました、と言うメッセージが挟まれていました。